フランスのここがすごい

春ボケがやってきて、頭の回転もよくないし、考えもまとまらない今日この頃です。たまには、とりとめもないことをーーーー。
少し前ですが、日本のサッカーチームの監督は歴代フランス人が務めていて、トルシエさんがテレビのインタビューで話していたが、相変わらず母国のフランス語で早口に喋っていた。もう何年も日本に居るのだから、少しは日本語を話すかと思ってみている私の期待をいつも裏切っている。これは、何時までたっても解消されそうもないことで、つまりフランス人は世界でも屈指のプライドの高い国のようで、外国の言葉を話そうとはコレッポッチも思っていないようです。ドイツの首相でさえ、国際会議では英語でスピーチする時代ですが、ブラジル生まれでフランス育ちの日産カルロスゴーンさんだけは、流暢な日本語を話している。人口は約6200万人くらいで日本の半数なのに、原子力発電の普及率は世界トップで、今は現役引退しているが超音速旅客機も開発したし、芸術部門ではファッションのパリコレは世界トップの座を占めている。何年もかかって人口減少に歯止めをかけたと自慢していたが、早い話が、移民を多く受け入れる政策による結果で、今では、増えた移民「外国人」が、待遇を改善せよと社会問題になっている。
数年前に射水市大門の大会に、フランス人が招待されていて、「ストローで作った自転車をこぐ人」凧を揚げて、やんやの喝さいを浴びていた。国のプライドにかけても、絶対に人まねしない、独創的な凧をーーーそんな心意気を感じた。そんな意味でも、フランス、ディエップの大会には行きたかったのだが、今年は夢叶わず誠に残念でありました。

蜂「ハチ」はどこへ行った

あまり気にしていなかったが、人に言われて気が付いた。今年に入って蜂を見た記憶がありません。お花見や、菜の花畑や、花桃の里を訪ねたりして、花に接する機会はけっこうあったのですがーーーー。
リンゴ農家の人が、リンゴ畑の近所を回って「どうか菜の花を植えないで」とお願いしているのも、リンゴの花の受粉に必要な蜂が、菜の花の強い香りと甘い蜜に誘われて、そちらに行ってしまい、リンゴの花の受粉ができないからだと聞いています。それくらい蜂は大切な役目を持っているのです。イチゴ農家はハウス栽培のイチゴの受粉には蜂の存在は重要です。人の手による受粉よりも蜂による受粉のほうが形の良いイチゴが実ると言われているから、農家は最近ではオーストラリアから受粉用の蜂を輸入しているという。
人間の食物の三分の一に関係しているといわれる大切な蜂は、いったいどこに消えたのでしょう。2006年に蜂群崩壊症候群という説が出て、それ以来世界の蜂の四分の一は死んでしまったとされています。特にミツバチは日本の養蜂業者も頭を抱えていて、ある日突然蜂の巣箱からミツバチの姿が消えてしまい、養蜂業そのものの維持が難しくなっている。蜂蜜やローヤルゼリーは、私たち人間の健康を維持するうえで重要なものであるのに、高齢者の仲間入りをした私たちはこれからいったいどうしたら良いのでしょう。
自然環境の変化がもたらしたと思われるこの現象。過去の古代文明が突然滅びた原因にも通じることだなんて、怖い説をいう人もいるが、とにかく原因が分からないので、対策も立てることができないようです。
ブンブンブン蜂がとぶ、お池の周りに野ばらが咲いたよブンブンブン蜂がとぶ。子供の頃、唄った歌が懐かしいですね。

これで我が家もソーラー発電家 

太陽光発電、つまりソーラー発電の時流に乗り遅れたくない。しかしお金がない。こんな気持ちで悶々としていたが、先日いい物件に出会った。見た瞬間、「これだ」と思った。売電はできないようだが、自家用としたら十分で、私の心を十分に満足させてくれそうで、迷わずに買うことを決め、家内にも相談せずに独断で決断、即決し、即日購入した。
説明書によると、三日間ほど充電してからご使用くださいとのことで、早速家の軒下に設置したが、あいにく天候不順で、十分に充電できるまで、4~5日かかってしまった。
昨日は朝から太陽がのぞき、日差しも十分だったので、夕方、機械のスイッチを入れた。はらはら、ドキドキの瞬間である。
スイッチを入れた瞬間、それは、うすいオレンジ色に輝いた。「成功だ」
しばらく見ていると、時々点滅して、うっとりするような光を放っている。あまり世の中のために立つとは思えないが、なにしろ、100円の投資なのだから、あまり文句も言えない常夜灯である。これで我が家は間違いなくソーラー発電家の仲間入りをしたことになる。家内に見せると、大喜びで、あんなに喜んだ顔を見たのはしばらくぶりである。
先日、100円ショップで見つけたものだが、わずか100円で、こんなに心豊かに、夫婦の会話もできるとは思ってもいなかった。普段安いからと不要なものまで買ってしまう100円ショップだが、これは間違いなくヒット商品であると思う。

学校の先生は勉強がキライ

国の指示で今年から全国の中学では、ダンスまたは武道の授業が義務つけられた。東京のある学校では、ダンスの練習に励む教師の姿が放映されていたが、そう簡単にはいかないようだ。先生のイメージでいうと、頭でっかちで運動神経が備わっていないのが、先生であるから、子供たちに教える為とはいえ、いきなりやっても頭も体もついていけないのだろう。
私は年に数回学校で、凧作りを教えているが、担任が凧作りに興味を持ってくれる例は少なく、中には私に任せて職員室に閉じこもってしまう先生もいる。たぶんいろいろな報告書作りに追われているのだろう。
学校では凧作りの他にもいろいろな授業を、地元の達人に講師をお願いして子供たちに教えている。そのチャンスを生かそうという意欲のある先生が少ないのです。そもそも学校の先生という職業は進歩のない仕事で、大学の教育学部で教わったことをそのまま教えているだけで、子供が成長して卒業してしまうと、また自分の管轄の年齢のクラスに赴任するから、早い話が、同じことを一生教え続ける仕事なのです。そこには進歩もなければ成長もなく、意欲が感じられない。子供に教える為の教科書用の手引き、通称「虎の巻」さえ、公費で買わせているのです。どのように教えるのかを書いてあるのだから、自分のお金で買えばいいと私は思っています。
凧教室を通じて感じるのは、「先生が一番勉強嫌い」なのではないかということです。教育学部を出ただけで、社会経験の乏しい教師は、地元の達人が行ういろいろな授業を勤務中に勉強できるのだから、恵まれた環境のはずなのですが、勉強嫌いで意欲のない人間にはそのことにも気が付かないのでしょうか。

もうすぐ皆既日食が見られます

新聞やテレビで世紀の天体ショーとして皆既日食が見られると報じている。長野県の場合で言うと、前回は平安時代であったというし、次回は29年後に南の飯田市の辺でしか見られないというから、是非とも見ておく必要があると思っている。それにしても、天文学者は余程の計算好きと思われる。どこの地点では、何時何分何秒から、何秒間見らるとしっかり計算で割り出しているのだからすごいと思う。
地球を含む太陽系の惑星は、太陽を中心として、いわば一枚のレコード盤の溝のように、一つの面上で廻っているからこのような現象が起きるわけですが、これとても、月の軌道が太陽を回る軌道より、5度くらいずれているから、久々に起こる日食も、もし、月の軌道も同じレコードの面上にあれば、日食は毎月、地球のどこかで見られることになる。
日食現象が地上を進む速さも計算されているというが、これ位の計算は、私たちの常識の範囲でも計算できる。つまり、月と地球の距離は、おおよそ40万キロ、月の軌道の距離は、円周率のパイを使うと240万キロ、月の公転周期は27日で計算すると、月は、秒速約1.02キロくらいの速さになる。この速さで日食現象は、地上を進んでいくことになる。広大な宇宙でのことだから、すべての数字が大きいかというと、秒速1キロは大したことはない。人工衛星のスピードは毎秒約9キロあるし、ジャンボジェットだって毎秒250メートル進む。
久しぶりに計算したら少し疲れたが、ある天文学者が、皆既日食を見ると自分が生きているという実感が湧くし、心が明るく前向きになると言っていますから、それを信じて5月21日の早朝には期待しようと思っています。

鹿を馬鹿にしないで

不思議なことに、冬の猟期になり、鉄砲を持って山に入ると、それまで至る所に飛び跳ねていた鹿の群れがパッタリと消えて、静かな山になっているという。いくら探しても群れは見つからない。春になって猟期が終わると、どこからともなく鹿の群れが現れて飛び跳ねているという。長野県の南端、飯田市に近い「大鹿村」でのことです。
調査の結果、群れは冬になると南アルプスを越えて、お隣の静岡県に行っているという。そして春になると又、故郷に戻って、子供を産み育てるという。恐らく日本で一番、年間700頭もの鹿を捕獲している大鹿村でのことです。しかも、それまではメス鹿のお腹には一頭だったはずの子供が、切腹してみると、ほとんどが二頭入っているという。諏訪地方でも鹿による被害が大きくて、柵を作っても飛び越えて行ってしまうようです。増えすぎてもう、人間の手に負えないのです。昔のような「のろまの鹿」は、すでに捕獲されてしまって、今、生き残っている鹿は、それなりに体も脳みそも進化を遂げているようです。加えて、狩猟免許を持っている人は、高齢化が進み、若い鹿のスピードについていけないのです。県民から「森林税」なるものを徴収して、故郷の森林を整備していこうという趣旨は良かったのですが、下草を刈ったり、藪を切り開いたりすることで、山中は走りやすくなった。鹿はそれを逆手に取って、逃げ回っているのです。鹿の肉には鉄分が多く含まれ、しかも、飼育されている豚や牛のように、いろいろな薬を摂取されていないので、野生の肉は貴重なのです。大鹿村では、鹿肉の販路を拡大してきたので、今では、需要に供給が追い付かない状態になっています。猟銃の免許取得はますます厳しくなり、罠「わな」を仕掛けても、生きている鹿の、あのつぶらな瞳で見つめられると、とどめを刺すことができないと猟師は嘆きます。お馬鹿さんという言葉に「鹿」の字を使う時代はもう終わったのかも知れません。

水 戦争

ガス配送会社が、最近では水を運んでいるいう。しかも、ガス以上に水は利益の高い商売になっているという。
水といえば18年位前の香港での生活を思い出す。香港では家庭に水道はあるが、それはもっぱら洗濯や、風呂に使うもので、飲料水は、別に購入して飲んでいた。会社に行けば、必ず「水サーバー器」があり、それには20リットルの大型ボトルを水会社から購入していた。学校に行くと子供たちは全員水筒持参で、遠足に行くのかと思うと、そうではない。自分の飲む分は自分で持参してくる。中国大陸から鉄道のレール沿いに巨大な送水管が何本も施設してあって、水を買って、その代わりに電気を売っていたのが香港であった。
長野県でも、佐久市が外国人から水資源を守ろうと動き出したのがきっかけで、いまや全県にその動きは波及しようとしている。自分も、いつの頃からか、水を買って飲むことに抵抗のない人間になってしまった。少し前までは、自販機でコーヒーは買うが、お茶なんか絶対買わなかった。水もお茶もただで飲めるものと思っていたからーーー。それが今ではガソリンより高い水を平気買ってで飲んでいる。
今後、地球の人口が爆発的に増えると、食料と水の奪い合いが始まると予想されている。今はその前哨戦で、今後益々水に対する考え方を変えざるを得なくなる。
昔から水は大切にされていて、それゆえ水利権が発生し、多くの争いの種になっていた。将来的には形は違っても同じように水争いは尽きないのかもしれない。幸運なことにわが町は日本で一二を争うくらい、安全で、おいしくて、安価な水が供給されている。そのことに安閑と浸っていられるのもそんなに長くないのかもーーーーー。

凧揚げしながら公園で議論

いつものように、赤砂崎で凧を揚げていると、久しぶりにA氏が通りかかった。そこにいつも犬を連れて散歩しているB氏も来て、久しぶりに国会の議論になった。やがてテーマは原発の再稼働の可否になって、私は可、B氏は否、A氏は中間の意見となり、しばらく盛り上がった。
B氏の意見は、原発は未だ人間のコントロールできない部分もあり、核廃棄物の処理も結論が出ていないーーーーというもので、確かにその通りだが、このまま、電気を自由に使えない国になるのは産業振興からも問題になるし、核廃棄物の処理にしても、今は名案は出ないが、100年1000年先には、安心して処理できる技術も確立するだろうから、フランスのように地下450メートルのところに貯蔵しておく方法もあるのだからーーーーと私も反論。
その中で面白い意見も出た。核廃棄物は宇宙船に積み込んで、太陽に送り込めば良い。太陽はもともと核爆発をしているのだから、地球で出来た核廃棄物を、打ち込まれても全然問題ないのではないか。しかし、今のロケット技術では、打ち上げ成功率が100パーセントではないので、もし、廃棄物を積み込んだロケットが打ち上げに失敗すると、地球全体が放射能で汚染されてしまうーーーーー。
それならば、今開発している宇宙エレベーターを使ったらどうだろう。100年、1000年先には恐らく完成していると思うから、それに載せて、宇宙に運び、そこから太陽に向けて打ち込むーーーーー。
凧揚げしながらでさえ、こんなに活発な議論がされているのだから、全世界で協力しながら、核の安全と、廃棄物の処理に、知恵を絞って欲しいものだ。時々停電するなんて、とても先進国とは言えないですからねー。

三拍子の曲で入場行進はできるのか

もう5~6年前のことであるが、私はいつものようにテレビを聞きながら凧作りをしていた。その日はちょうど秋田県で行われた「わかすぎ国体」の開会日で、セレモニーの実況中継をしていた。私は何故か行進曲が大好きで、国体などはその地方独特の演出もあったりで、思わず凧作りの手が止まってしまうこともある。未だに忘れられないのが、東京オリンピックの入場行進で、あのファンファーレの作曲者は私の勤めていた会社の上司で、いつもお世話になっていた方で、しかも、行進曲の作曲者は私の大好きなあの古関裕而さんであった。今でもあの曲を口ずさめるのは私だけではないと思います。
さて、行進も進み、いよいよ最後のチームになった。最後に登場するのは、地元の秋田県である。行進曲のメロディーも変わった。と、ここで、絶対に考えられないようなことが起こった。私は行進曲に突然違和感を感じた。よく聞くと、それは童謡唱歌で有名なあの「浜辺の歌」なのである。明日浜辺をさまよえば、昔のことぞしのばるるーーー。これは、れっきとしたワルツ、三拍子の曲である。三拍子で果たして入場行進ができるのかと目を凝らして画面を見つめると、秋田県の選手団は、最初からバラバラで手を振ったりして、それはまるで閉会式を思わせる光景であつた。それまで、他県の選手団が緊張しながら歩調を合わせ、天皇皇后陛下に敬礼しながら進む姿を考えると嘘みたいな光景で、それはまさに、三拍子では行進できないことを意味するものであった。
それでは何故秋田県は、行進には不向きな「浜辺の歌」をあえて使ったのか。それは、作曲者の「成田為三」さんが、秋田県出身、東京音大出、山田耕作氏に師事、オーストリアのヨハンシュトラウスと深いつながりを持つ、いわば、秋田県が世界に誇る名士であることに繋がる。足並みの乱れ、行進の不具合は、地元の名士の功績に比べれば微々たるものであるからだろうが、両陛下もさぞかし驚ろかれたことでしょう。

ポイントカードの盲点

良く考えてみれば、大変不都合な話であるが、とっさに言われて、即座に返答できず、少し考えてしまった。
凧作りの材料や、小道具を買い求める為にたまに使っていたお店で、いざ会計の時、店員さんがポイントカードお持ちですかと言うので財布の奥からしわしわになったカードを取り出して店員さんに渡した。すると店員さんいわく。「このカードは期限が来ていますので、新しく更新しませんか?」「はいお願いします」「更新料500円かかりますが」「えっ、そうなの? ポイントカードの残高はいくらですか」「えーと、300円ですね」そうすると、私は500円をかけて300円のカードを更新することになるんですね。「そういうことになります」と、店員さんはニコニコしている。一瞬、頭の中で500と300の引き算をして、それでは更新は致しません。とお断りをした。ポイントカードの中には、有効期限やら更新料なるものが含まれている場合があるので、注意しなければならない。
電気機器の量販店でも、ポイントカードの更新の話が出た。こちらの場合も、毎年更新料がかかるが、買い求めた商品の保証期間を通常の一年から二年以上にできるから高価なものは特に安心でお得ですよといわれてパソコンも買い替える時期がきていたのでその気になり手続きを始めたが、その申込用紙は、保険の契約書にそっくりで、私の個人情報を次々に聞いてくるので、途中で不安になり手続きをやめた。
最近は、ポイントも携帯電話に加算される時代で、私などは、今どのくらいのポイントがたまっているのかさえ、検索できない時代になった。やっぱり、空欄にハンコを押していくラーメン屋のポイントカードが一番安全でたのしみがあっていいねーーー。

ウイルスにやられました

順調にいっていたのですが、ブログ管理用のコンピューターがアメリカのウイルスに感染してしまいました。手の限りを尽くして駆除作業をしておりますが、最新式のウイルスはなかなか手ごわく、簡単には復旧できません。
まことに申し訳ございませんがもうしばらく、お待ち頂きたくお願い申し上げます。

校歌、その2

わが母校の下諏訪中学校の校歌は特に気に入っている。歌詞がすばらしい。1番はともかく2番は、新道に若草萌えて、散りまごう花の下影ーーーー。もし、私が作詞を頼まれたらーーーー。「新道に若草萌えて」まではなんとか作詞できるかもしれないが、「ちりまごう花の下影」は、おそらく100年経っても作詞できないと思われる。桜で有名な花見新道に桜が咲き、風に吹かれて花びらが散っていく様子をこのように表現できる人は、雲の上の人に思えるのです。そんな私は、学校に用事があっていくと、校舎に入る前に必ず、正門前に立てられているこの歌碑の前にたたずみ、校歌の歌詞をもう一度読み返し、そのすばらしさに改めて感動するのです。
昨年、長野市の小学校で凧つくり教室があり、学校を尋ねたとき、体育館に校歌の額が飾られていた。見ると、2番にーーーー愛と誠ーーーーーとある。校長先生に、小学校で「愛と誠」ですかと尋ねると、「私も驚いているんです」と。
校歌は大体4拍子と思っていたが、そうではないことが分った。中には、3拍子つまりワルツの曲を持っているところもあって驚いた。東海大学がそれで、だから、全国の付属高校も右に倣えで、もし、東海大付属高校同士が対戦したら、一試合で、三拍子の同じメロディーを三回聞くことになる。
近年は、校歌を大切にしていない風潮があって悲しい。私のワイフが岡谷東高校で、その校歌をなんとなく覚えていて、あるとき仲間に岡谷東高校の卒業生がいたので、そんな話題になり、ちよっと歌ってみたら、彼は、「そうそう、そんな感じの歌だった。私は未だに歌えません」と平然としてた。信じられないことですが本当にあるのです。

校歌

このところアメリカ、テキサスレンジャーに行ったダルビッシュ投手の登板が気になっていたが、次第に調子を上げてきているようなので、日本人として、ホッとしている。優秀な選手は、行った先の環境にすぐに順応できるところで、その点ダルはすばらしい才能を持っていることが、これから証明されるだろうと思っている。
つい先日までは、春の選抜高校野球で、地元の高校が活躍してくれるよう、皆願っていたと思うが、私の場合は、少し違って、「いい校歌」を聞きたい。それだけなのです。つまり、強い学校はそれなりに「いい校歌」を持っている、というのが私の持論で、近年、甲子園では、1回か2回の時に、すでに校歌を流しているから、それを聞きながら、どちらの校歌がいいか、すなわち、どちらが勝つか、予想しながら見るのも面白いのである。校歌を聴いていると、その学校の立地、信条、目標などがおおよそ理解できるし、馴染みの高校は、校歌も一緒に口ずさめるので楽しい。一昔前は、池工、PLなど、勝つたびに校歌を聴くのが本当に楽しかった。東海大学の付属高校は、全国に数あれど、メロディーは同じで歌詞だけが違うところも又、面白い。
私の母校、岡谷工業高校も一度甲子園に出場し、勝った。そのときに歌った校歌の感激は今も忘れることが出来ない。つまり、誰しも、母校の校歌を誇りに思っているのです。そんな時、事件が起こりました。
もう20年くらい前ですが、朝刊に、新設される中学の校歌が出来たと、発表されていた。何気なく読んでいて、私は腰を抜かさんばかりに驚いた。その歌詞は、最初の二行がわが母校と、殆ど同じ歌詞であったのです。富士の高嶺と八ヶ岳、共に雲居に仰ぎ見る。「雲井」のところが「窓辺」になっているだけ。急いで学校に電話をし、丁重に変更して戴く様にお願いした。その後、変更されて、一安心したことを覚えている。

鹿肉のステーキ食べました

長野県は山国という事で、近年は有害鳥獣による被害が問題になっている。特に日本鹿のそれはすさまじく、山林に於いては樹皮を食べられて、枯れ死、人里近くでは、耕作地の作物を荒らす。明日収穫しようかと思っていたら、前日に全部食べられた。なんて話も聞く。地元の猟友会のメンバーも、近年は高齢化で、思うように山中を走れないから、捕獲も思うに任せない。そんな中でも、苦労して獲った鹿肉を多くの人に食して欲しいと、肉の解体工場を作ったり、行政も忙しい。そんな折、日本鹿の被害と、食肉としての価値を勉強する機会があり、先日、町内の食堂で、鹿肉の料理を食べました。最近は、私の好きな「刺身」は、肝炎の恐れがあるといてう事で、出ませんでしたが、何種類かの料理を食べ、その中でも特に「ステーキ」は、とってもすてーきな味でした。ビーフステーキのように脂分は多くないのですが、噛むほどに味わいのある、上品な味でした。価格が少々高いので、なかなか大衆に浸透することは難しい面もあるような気がしますが、出来るだけ大勢に食べていただかないと、捕獲された鹿も浮かばれないわけで、どこの市町村も頭の痛いところです。
もうひとつ、鹿肉料理は原則、予約制でないと対応できません。それは、解体した肉は大型の冷凍庫で保存するため、それを解凍したりする準備に手間がかかります。突然食べたいと思ってもダメなのです。豚、牛、羊のように普段流通している物とは基本的に違うのです。私達の場合も、食堂に予約を入れたら、その日はダメだからこの日にしてくれ、と言われました。あれ、予約って先方の都合を聞くためだっけーーーー?

久々にサーマル飛翔

今年は週末に悪天候続きで、気持良く凧揚げした記憶がありませんが、先週の日曜日は終日穏やかで、暖かい一日でした。午前中は無風状態でしたが、午後になって、そよ風も吹き始めました。岡谷市の久保田氏と私で弱風用の凧、私はトンボ凧、久保田氏はゲイラー改造凧をそれぞれ揚げました。
暫くすると風の中に強いところが発生。こんなときは熱上昇気流「サーマル」が発生し易いなーと想い、上空を見上げると、5~6羽のトンビが米粒くらいに見えるところで、輪を描いていました。サーマル発生です。
間もなく私のタコ糸にも手応えがあり、トンボ凧は真上に舞い上がっていきました。久保田氏も同じように手応えを感じたようです。アレヨアレヨと言う間に凧は急上昇して、私も彼も、巻き糸全部出し切りました。約30分、凧はトンビの群れの近くで飛翔を続け、彼は約400メートル出しました。私のリールにはそんなにたくさん巻いてなかったので、トンビのところには届きませんでしたが、それでも久々に気分良く、満足の凧揚げでした。ほとんど真上に揚がったので、首が疲れました。
凧揚げの場所は、いつもの諏訪湖畔、赤砂崎で、ここは今年、町の事業で防災公園に生まれ変わることが決定したので、暫くすれば、ヘリポート及びその周辺は芝生に生まれ変わるはずで、そうなれば家族連れも多く来るでしょうし、凧揚げも足場に気を取られることなく思いっきり出来そうで、今から楽しみにしています。芝生が完成したら、凧仲間にも大勢来て頂いて一緒に凧揚げしたいと思っています。

鱗「うろこ」から目

「うろこから目」なんてたぶん「目からうろこ」の間違いだろうと殆どの方が思うことでしょう。事実、ヤフーで検索しても、「それはもしかして目からうろこではないですか」と返事が返ってくる。あることを境に、急に物事がよく理解できるようになることを目からうろこがはがれるようにーーーーと知らない人が無いくらい有名な格言ですが、実は魚のうろこから角膜ができることが分ってきて、まさに「鱗から目」の時代が来ようとしているのです。ティラピア、別名イズミダイの鱗からは角膜や、細胞や人工骨が作れる大切なコラーゲンが取れると言う。それを使うと、病気の治りが早い、ウイルスに感染しにくい等の利点があり、急速に研究が進んでいるようです。
少し前には、カニの甲羅が人間の皮膚に使えるとして脚光を浴びたこともありましたが、地球上のあらゆる生物の細胞を組み合わせれば、人間に近いものはできるような気がします。
最近、面白いテレビ映画を見ました。人間の不老不死を達成するために、自分の身代わり、つまりクローン人間をこっそり作っておき、どこか具合の悪い部分は、クローン人間から部品提供をしてもらうシステムを考えた会社が、大勢の富裕層から大金を受け取って、大量のクローン人間工場を稼動させていたが、一人のクローン人間が、自我に目覚めて、次第にその核心に迫っていくもので、最後には、本人とクローン人間が、直接対決すると、廻りの人も、どちらが本物か見分けがつかなくなってーーーーー。
高度医療科学の発達で、病気を克服して長生きできるのはいいことですが、お金持ちだけがその利に浴するのは如何なものかと。あまり高額でない、角膜くらいはどんどん鱗を使って生産して、暗闇の人生を送っている方々に文字どうり光を与えて欲しいと思います。

香りのブーム再び

最近のテレビで、香りのコマーシャルが多くなっている。一昔前のように、ただ単に臭うと言うのでなく、癒し系のものが多い。最初のブームの時は、とにかく、人工的な香りができたと言うことだけで、関心が高まった。結果的には、キンモクセイの香りが評判になり、それが、トイレに使われたため、キンモクセイの香りイコールトイレという概念が大衆に植えつけられて、どこのトイレも必ずキンモクセイの香りが当たり前のようになってしまった。しかし、それが災いして、本物のキンモクセイの下に行っても、思わず振り返ってトイレを探すような奇妙なことになり、次第に関心も薄れていった。
今回のブームは、アロマの香りに代表されるように、いろいろな香りで、癒しに繋げようということで、それは、ライオンのレノアであり、ファブリーズであり、ユニチャームのパンティーライナーであり、エステーのムシューダ等、いろいろなところで香りを感じさせようと、メーカーも考えているようだ。少し前には、香りを使った防虫剤が発売されて、それが、コマーシャルの作品としてもヒットした。記憶に新しいところでは、タンスにゴンゴンで、とうちゃん元気で留守がいいが、受けた。その他、虫コナーズ、ハエハエカカカキンチョール、トンデレラ、ア、シンデレラも大ヒットした。これらは、特徴を際立たせることで、価格競争を避けてきたと言える。
そういえば、お線香だって香りの良さを宣伝していて、日本香堂の青雲などは、連凧を使ったコマーシャルで、毎週日曜日の夕方、笑点の時間に放送している。あれ、知らない間に千葉の春田さんの宣伝になってしまったねー。

技能オリンピックのすごいところ

今年は長野技能オリンピックが開かれます。それに合わせ障害者の技能五輪「アビリンピック」も行われるという事です。私はあまり関心も、知識も無かったのですが、昨年の諏訪圏工業メッセの会場で、たまたま、技能五輪に挑戦するという若者二人が、その技を公開していて、すごく感動したことを覚えています。技能五輪の職種は大変多岐に渡っていて、41職種が予定されていると言う。私が会場で拝見したのは、「精密機器組み立て」分野でしたが、メカトロニクス、旋盤、フライス盤は勿論、左官、建築大工、洋菓子製造、造園、とび、等あらゆる職種があります。参加資格は23歳以下で、各都道府県の地方大会等で優れた成績を認められた人ということで、現実的には、他に仕事を持ちながら出来るようなレベルではなくて、諏訪圏工業メッセの会場にいた人は、EPSONの社員で、朝から晩までその事に専念して、日夜修行をしているという。私が拝見した二人は、精密機器組み立ての図面を基に、20点以上もある部品を加工して、最終的にそれらを組み立てると言うもので、中には100分台、1000分台の精度を要求されるところもあるようで、それらを決められた時間内に完成させるためには、図面の引き方から勉強しているという。ところで、どんなものが出題されているかと言うと、たまたま、過去五回の出題品が展示されていたのですが、大きさは手のひらに乗るくらいですが、軸があって、それを回すと、誠に奇妙で、複雑な動きをするのです。ギアのように円形のもの同士が噛み合って廻るのではなく、円形で無いもの同士がかみ合い、複雑な動きをするのです。これには心底驚きました。しかし、考えてみると、そんなすごいものを設計して、図面にしてしまうって、どんな人なんでしょう。

雪原で活躍するカーナビ

先日、立山、黒部アルペンルートが冬季閉鎖を終えて開通した。長野県の大町市と富山県の立山町を結ぶ山岳ルートで、毎年この日を待ちわびているファンも多く、この日は約250人が15メートルを超える室堂の雪壁「雪の大谷」に歓声を上げたようだ。しかし、五メートルを超えるような積雪の山岳で、どのようにして道路を開通するのか興味がある。なんの目印も無い山中から五メートル下の道路を予測してブルドーザーで除雪を進めていくわけだから、間違えると、大変な労力でやり直さなければならない。そんな時に頼りにしているのがカーナビだという。精度の良いものなら数センチの誤差に収められると言うからすごいことだ。昔の戦国武将が冬の北アルプスを越えたという伝説があるようですが、カーナビも無くて、極寒の雪原を迷わずに踏破するには、よほどの勇気と、豊富な経験が無ければ出来ないことだ。現代の私達は、一度も行ったことの無い場所でも、カーナビさえあれば簡単に行ってしまうが、こんなことを昔の武将が聞いたら、腰を抜かすほど驚くことだろう。それにしてもGPS機能はすごいと思う。携帯電話のようにこちらから電波を出していないので、一度に何百万人が利用しても回線のパンクはありえないし、静止衛星さえあれば正確なクロック信号と、三角測量を組み合わせたこの方法は、シンプルで故障も少ない。こんなに便利になっていいのだろうか、戦国の武将さん、こんなに進化してしまってゴメンナサイ。

駐車場の身障者スペースーー2

前回、私なりの一方的な見解を書きましたが、反響もあり、暫く考えておりました。A氏いわく、店舗入り口のすぐ近くにあったたりと「行き過ぎた優遇」が多く存在する。身障者に必要なのは、「健常者と同様の行動を可能にする」ことであって、「健常者より有利にする」ことではないはずだ。ーーー。「車椅子による乗り降りが可能な左右のスペースの確保するため」あの広いスペースがあるのだから、そこを理解するべきだーーー。
B氏いわく、百歳を超える義母を車椅子に乗せて全国を廻った折、高速道路の「身体障害者用駐車場」に健常者が平気で駐車していることを何回も見ました。又、このようなマナー違反者の車は大衆車より高級車が多かったです。アメリカでは高額の罰金の例もーーーーー。
各自それぞれの立場で、真剣に考えていることを教えていただきました。身障者と健常者が、わけ隔てなく共に暮らせる社会、いわゆる、ノーマライジェーションの社会は、一昔に比べたら、あの、スペシャルオリンピックスを境に大きく前進しました。それ故、過渡期的な弊害も当然あるわけですが、ゆっくりと着実に進めていく事が大切かと思いました。凧の世界でも、障害を持たれた方も、そうでない方も、夢中で凧談義をしている姿を見るにつけ、そういったことを忘れさせてくれる「凧の趣味」は、いいものだなーとつくづく思った次第です。

駐車場内の身障者スペースは

駐車場が広くて、いつも止めるのに苦労しない所はいいのですが、狭い駐車場の割には、身障者用のマークのついたスペースがいくつもあると、一般客は、止める所が見つからなくておろおろしている。ぐるぐる何回も廻ってきて、それでも一杯のときは、身障者用の空いているスペースを恨めしげに見つめて、立ち去っていくのである。せっかく障害者達とわけ隔てなく暮らせるように、思いやりの精神で発案されたこのルールも、時として、逆恨みをしたくなる場合もある。しかし、これが本来の姿ではないはずで、もう一度このルールを良く考え直してみてはどうでしょうか。
日本語の難しいところで、「優先」と「専用」の使い分けが難しい。JRの女性専用車両は、いくら空いていても、男性は乗ることが出来ない。これが「専用」の考え方である。シルバー優先席は、シルバーの人がいなければ誰が座っても問題ない。お年寄りの方が乗ってきたら、さっと立ち上がって席を譲ればよい。これが「優先」の考え方である。では、駐車場の身障者用のスペースはどちらに該当するのでしょう。これは、「優先」の考え方が正しいのです。ですから、他に止めるところが無い場合はそこに止めても良いのです。以前に私の町の郵便局の方にお聞きしたときも、そのようなお答えでした。しかし、一般の方は、そこに止めることにひどく、罪悪感を感じていて、よほどの勇気がないと、実行できません。もし、止めたときは、車から降りて、周りを注意深く見渡して誰か怪訝そうな顔をしている人はいないかと、はらはらしているのです。「優先」の考え方が一般に広く浸透するまで、まだ時間がかかりそうです。

~から

少し前のことであるが、JR駅のホームでの、構内放送が気になった。○○線に電車が入ります。危ないですので白線の内側にお下がりください。「危ないですので」という表現が気になった。意味は通じているのだからとも思ったが、日本語の使い方として果たしてどうなのか。この場合は、危ないですから白線のーーーーでないのか。「ので」というのは丁寧用語で目上の方にはそのように言うのかもしれない。例えば、危ないですので、どうかお下がりください。これは大変恐縮した場合の言葉で、駅のホームでは一般乗客を相手に放送して、注意を喚起しているのですから、そこまで恐縮していう必要は無いだろうと。念のため、駅員にはその旨伝えておいた。数年後に「ので」は「から」に変わってこの件は「一件落着」。
少し経ってから、今度はホームセンターで買い物をした折、レジで一万円札を差し出したところ、店員さんは、「一万円から」と言った。これはおかしいと思った。何種類かのお札を同時に差し出せば、まずは一万円から、次にーーーと繋がっていくのだろうが、一枚のお札に「から」は無いだろうと思った。この場合は「一万円を」お預かりしますではないのか。店員さんに何故?と聞いたら、研修を受けた際のマニュアルどうりに言っているとの事であった。どうでもよさそうなことではあるが、些細なことから気にしていかないとどんどん言葉は乱れていってしまう。
全然「ぜんぜん」もそうだ。本来は「全然問題ない」という使い方をしていたのに、いつの間にか、全然大丈夫という使い方が出てきた。意味は通じているのだが、定着してし欲しくない使い方と思います。えっ、そんなこと全然大丈夫ってか。

間違いだらけのお医者さんー2

診察室のお医者さんがどこかへ電話をしていた。「じいちゃん、元気かい。どうした?風邪をひいた?それはよくないねー。元気になったら又出ておいでや」私は耳を疑ったが、落語の世界のような話が実際にあるのです。元気そうな老人がやれ腰が痛い、やれ膝が痛むというと、お医者さんは笑顔で、低周波治療器をセットしてあげるのです。だからいつも病院は満員で、外来患者は2時間以上も待たされるのです。
糖尿病の疑いが出ると、お医者さんは極端な食事制限をします。草食動物になったかと思うくらいの野菜ばかりの食事で、楽しいはずの食事でますますストレスが溜まると、インシュリンの出も悪くなって悪循環を繰り返すのです。そもそも血糖値は食後には上がって当たり前で、精神的にストレスを与えないことが最優先されるべきで、インシュリンを注射する前に、もっと考えることがあるようです。
内視鏡の性能も上がって、胃や腸の内部までつぶさに観察できるようになったのはいいのですが、一ミリにも満たないようなポリープを発見したと、すぐに手術を勧める傾向にあるようで、白血球が元気なら自然に消えていくものをしっかりと見極めて欲しいものです。術後に、あれは良性でしたと言われると複雑な気持ちになります。
今日はたくさん花粉が飛ぶでしょうと、予報が出される時代になった。たしかに花粉症の人口は多くなっているようですが、私に言わせれば、昔は花粉症なんて無かった。私達の時代は杉林の中で、花粉にまみれて遊んでいたものです。花粉が変わっていないなら、人間のほうが変わったと見るべきでしょう。体質の変化も有るでしょう。そういう発想が全く無くて、只症状を抑えることに躍起になっている。花粉症は治るはずがないと医者も患者も思っているから、いろんな薬をとっかえひっかえしているだけで、まさに人間モルモット状態である。
小さな町の開業医に全てをやって欲しいとはいわないが、出来ることもあるのでは?

間違いだらけのお医者さん

昔から医は仁術と言われて、人の命を預かる大切な職業で、それゆえ人格的にも優れた人でなければ勤まらなかった。古くは野口英世博士のような日本や世界を救うために尽力された偉人も多いのは、ご承知の通りです。
しかし、近年、医は算術と言われて、計算高い医者が多くいるのも事実のようであります。いわゆる名医は、患者さんの病状を的確に判断し、最適な処置を施すから、軽い症状であれば1~2回の通院で回復するが、そうでないお医者さんは的外れな処置をするから簡単には回復しないので何回も通院することになる。結果的に、名医の診療所はあまり患者さんがいないが、そうでない診療所にはいつも多くの人が通う状態になる。経済的には、名医さんは、あまり収入が無いが、そうでないお医者さんはがっぽり儲けることになる。
本当の名医は外部から薬の力で強制的に症状を抑えるのでなく、自身の持つ内部からの自然治癒力を引き出す方法をとるといわれる。簡単な事例を書くと、例えば、体が冷えて困っていると、ある医者は温湿布を施して、体を温めてやる。しかし、ある医者は、冷凍庫のような冷たい部屋で体を冷やしてやる。どちらが正解かは読者の判断であります。
風邪をひいたと病院に行く。熱があるからと早速解熱剤を処方される。しかし、解熱剤を飲んだ人と、飲まないで我慢していた人とは、明らかに差が出る。つまり、白血球は体温が高いほうが良く働くから、解熱剤を飲んだ人より、飲まなかった人の方が早く治るという人のほうが多いのです。
糖尿病と花粉症については、明日をお楽しみに。

ヨットのキール

ヨットがどのようにして風上に進めるのか、これはかなり長い間私の疑問箱に入っていたが、いまから40年位前、私がまだ独身の頃、買ったばかりの中古車に乗って諏訪湖畔を走らせていたとき、出来たばかりのヨットハーバーに大勢人がいて、湖上にもヨットが走っていた。これはちょうど良いタイミングとばかり車を降りて、湖上のヨットをしばし見つめた。一時間以上も見ていたが、何故風上に進めるのかは全く分らなかった。帰ろうとして、ふと脇を見ると、岡に上げられたヨットが一隻目に留まった。良く見ると、船底から変なものが伸びている。これが生まれて初めて見た「ヨットのキール」であった。これがヨットを風下に押し流そうとする力、つまりヨットが横すべりしないような抵抗力を発生させていることは理解できた。そうすることで、ヨットは斜め前方から風を受けた時、セールに発生する力のうち、横滑り成分をキールでカットして、前に進む成分だけを利用して前進できる。これを右に左に何回もタックを繰り返すことで、結果的に風上に進むことが出来る。
当時は単なる板状のものだったがその後、キールに重量を付けて、バランスキールになり、最近は更に進化して、その先端を砲弾型にして性能を向上させているようだ。
凧の世界でも同じようなことが日常あるわけで、つまり、横滑りをカットするキールの役目は、揚げ糸でカットして、凧は上に揚がる成分だけを利用して上に上がっていく。キールは重要な働きをしている割には、普段目に見えない。凧も、凧の裏側は、目に見えないが、そこにはいろんな工夫の跡が見られるはずです。私の場合でも、例えば横骨一つをとっても、力のかかり方を考えて、その材質、太さ等を微妙に変えているのです。

太鼓の曲に著作権はあるのか

今や、日本中が太鼓ブームで、震災後の勇気、元気付けにも、大きく貢献しているようだ。学校教育にもかなり取り入れられていて、生徒の間でも評判がいいようです。地域のお祭りなども、今や欠かせないほどの存在感を示している。
しかし、大変悲しいことに、私は何曲聴いても、皆同じように聞こえてしまうのです。つまり、その曲を覚えることが出来ないのです。お隣の岡谷市の「岡谷太鼓」に友人がいて、半日くらい演奏に付き合ったことがありました、そのとき、簡単なフレーズ、太鼓の場合は基本リズムといってましたが、それを二つだけ教わりました。一つは、カッカカーカッカカーカッカドンドン、カッカドンカッカドンカッカドンドンで、その後のいろいろなチームのいろいろな曲を聴いていると、時々、そのリズムが出てきます。それが出てくると私は何か嬉しいのですが、待てよ、その基本リズムに著作権があるとしたら、その曲は著作権侵害になるのではないか。なんて思ったことがあり、調べてみましたら、音楽はメロディーとリズムが組み合わさってているのですが、太鼓にはメロディーが無く、リズムしかないので、リズムだけの組み合わせでは作れる曲に限りがあり、もし、著作権を認めると、新しい作曲はほとんど不可能になるので、そんな理由で、太鼓に於いては、著作権は認められていないようです。
凧の世界にも、著作権やら、特許やら、実用新案登録やらそんな話を時々お聞きします。私の凧を見た人も、それは特許にしたらどうか、なんていって下さる方もいましたが、私は、凧で金儲けをする気は無いので、アイデアはどんどん公開して、出来るだけ多くの方に凧の面白さを感じていただければいいなと思っております。

おひさま凧、安曇野に定着

うれしい話になった。先週の土曜日アルプス安曇野公園での凧教室の折、今年度の予定等、大まかなところを打ち合わせしました。昨年実施したお日様凧の教室は、大変好評で今年も何回か実施したいとの事なので、今まで、凧教室用におひさま凧の図面を引いて持ち込んでいたのですが、そういう事であれば、枚数も多くなるので、凧図の版下を起こさせて欲しいと申し入れ、了承されました。費用はこちらの負担ですが、早い話が、状況により来年度も見据えた話になるのです。つまり、おひさま凧が安曇野公園に定着する事を意味するのです。
自分のオリジナル凧が、このような形で地域に定着していくことは、凧をこよなく愛する者にとって、言い表せないほどの嬉しさがあるのです。昔から「虎は死んでも皮残す。人間死んでも何を残すか」と言われているように、誰でも何かを残したい気持ちはありますし、何かを残さなければならないのです。
全国各地の伝統凧や、数多くの創作凧を考える時、今までに本当に多くの凧師が、すばらしい凧を残してくれました。そのおかげで今の私達があるのですが、そんな歴史に一つの凧を残せることは大変な名誉であり、責任の重大さも感じております。
「ブラインドカイトおひさま凧」が国定アルプス安曇野公園に定着を祝って「乾杯」。

突然ビールがまずくなったら

ジャーナリストの鳥越俊太郎さんがテレビで話していた。私はある日、突然ビールがまずく感じた。あんなに美味しいと思っていたのにその日はなぜかまずかった。おかしいと思って病院に行ったら、「直腸がん」です、と言われた。それも、第4期だという。でも私は負けていません。そんな風に力説していた。鳥越さんと言えば、麻生元総理を徹底的にたたいたことで有名で、しかも、その後は民主党を応援してますと、およそ中立を求められるジャーナリストらしからぬ言動で物議をかもした人物でもあるが、私にとってそんなことはどうでも良い。肝心なことはビールがまずいと感じてから病院に行っても、間に合うと言うことだ。つまり、直腸がんイコール死ではないということだ。担当の先生の腕が良かったから、手術が成功したのかも知れないが、今でも元気で活躍されている。手術後にビールが美味しく感じたのかは、お聞き出来なかったが、たぶん毎日ビールを飲んでいることだろう。それは、ガンの再発をチェクすることにも繋がるから。
人生、どうせ生きるのなら毎日美味しいビールを飲みたいものだ。そんな意味では、昨日の大関鶴竜の記者会見は見ていて気持ちよく、ビールも美味しく飲めた。鶴龍は、『お客さんが、喜ぶような相撲をとりたい。今日来て良かったと思ってもらえる相撲を心がけたい」と。前にも書きましたが、立会い一瞬の変わり身で、相手を土俵に這わせるのは、真剣勝負に対して、卑怯者なのです。卑怯者が土俵で懸賞金をもらってにっこりするような相撲には遠慮なく「金返せー」と言うべきです。それにしても、来場所から大関が六人になるなんて、二人の日本人大関に頑張ってもらわないと、三役の役相撲が全部外国人力士になってしまったら日本相撲協会はどうするのでしょう。

電力は融通できません

昨年の東日本の思いもよらぬ大震災で、にわかにクローズアップされたのが、電力事情でした。今までは、関東と関西では周波数が違うということはほとんどの人が理解していたと思うのですが、それは、家電製品を持って長野県から東京に引っ越す場合など、ごく限られた範囲でのトラブルで、家電メーカーも、50ヘルツ用、60ヘルツ用のほかに、共用タイプも作ったりしてかなり対応はしていたのですが、この「ヘルツ」という単位だって、私が高校の電気で教わった頃は、サイクルと言った。私が高校3年の卒業間近の電気の授業で、先生がうやうやしくポケットから何かを取り出し「皆さん、これがトランジスタと言うものです」「あっさわるな」と言ったことを今でも思い出す。それから年月は経っても、発電、送電の基本原理は全く変わっていません。
発電した電気は、遠くの消費地まで送電線で送る必要があります。距離が長いので、送電線に電気抵抗があるとそこで電気は発熱してロスとなります。そのため、出来るだけ電流を少なくしたのです.そのために、トランスを使って、電圧を高くします。もし、電圧を二倍にすれば、電流は二分の一ですむのです。そこで使うトランスは、交流でないと役目を果たせません。だから送電線には直流ではなくて交流が流れているのです。そこで問題になるのが、周波数で、何の因果か日本には、二つの種類が存在し、これを融通するのには、例えば、50ヘルツでモーターを回し、その力で60ヘルツの発電機を回せば50から60へ融通できるのですが、残念ながら、今求められている大電力に対応できる超大型の設備は不可能で、勿論、現代の半導体を使うことも、小電力なら静止方で対応できるのですが、これも大電力にはとても対応するような大型の半導体は出来ていないのです。そういうわけで、電力の融通は、小電力では出来ても、大電力では不可能なのです。関東の皆さんごめんなさい。

駄菓子屋さんのお客さんは

先日、アルプス安曇野公園で凧作り教室が終わったあと、近くのブースを覗いてみたらなんと昔懐かしい駄菓子やのコーナーがありました。ラムネをはじめ懐かしいものがたくさんあったのでつい、手にとって暫くは、子供の頃を思い出していました。風船ガムがあったので、「これ下さい」というと、係りの女性が、それは「くじ」になっています、という。そうだ、「くじ」も懐かしい。今の世の中「くじ」といえば、一等一億円の宝くじしか思い浮かばないが、昔は「くじ」が主流で、欲しい景品に当たるまで、毎日くじをひいた、何て話は良く聞いた。あれは単なる好奇心だけではなくて、「社会勉強の入り口だった」と力説する人もいるのです
どこか心が落ち着くこの駄菓子屋さんの復活は、実は、今の子供相手ではなくて、昔の小学生の年代をターゲットにしている、いわば、中高年の駄菓子やサンなのです。ですから、販売単位も一個二個ではなくて、一袋、ダンボール箱単位なのです。長野県ばかりか、東京ではかなりのブームになっていると聞いています。
私達の子供の頃は、ガムといえば風船ガムで、ほっぺたを膨らませながら、いかに大きく膨らませられるか競ったものだが、今は健康志向のガムが主流で、つまらない。そこへいくと、アメリカ大リーグの野球選手達はいつもクチャクチャガムを噛んでいるが、あれは噛みタバコだという説と、時々プーと膨らませているから、単なる風船ガムだという説がある。いずれにしても、私達はガムを噛みながらぺっぺと「つば」をはくようなことはしなかったし、日本人はお行儀の良い民族だと思います。とにかく昔の小学生をターゲットにした駄菓子屋さんの復活はなぜかとっても嬉しいのです。
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